心に残る場所 5
地下鉄バスセンター前駅から北に300mほど進むと、サッポロビール第一工場が見えます。
その東側に庭園の広い和洋折衷の旧永山武四郎邸(道有民)があります。
主屋の屋根は寄棟造、木造下見板張り、外壁下部は竪羽目です。
主屋内部は主人の居間のほか15畳の洋風応接室・和風表座敷・ホール・脇座敷・小座敷があり、永山の私邸として1880(明治13)年前後に建築されたと推定されます。
永山は薩摩藩の出身、開拓長官黒田清隆の腹心で.ユ872年開拓使出仕となり、1875年准陸軍少佐を兼ねて屯田兵幕僚、1878年屯田局副長、1885年陸軍少将・屯田本部長、また1888~91年は北海道庁官を兼任。
この間屯田兵司令官となり、さらに1894年には初代第七師団長・陸軍中将となり、屯田兵育ての親といわれました。
旭川に銅像が立てられ、永山屯田兵村に名を冠せられたが、永山村はのちに旭川市に合併されます。
男爵・貴族院議員になり1904(明治37)年東京で死去しています。