心に残る場所 1
地下鉄東西線円山公園駅から三つめの琴似駅で降ります。
この駅の北、JR琴似駅から西、琴似本通りを中心に旧国道5号線までは、今は繁華街だが、ここは1875(明治8)年入植の最初の屯田兵村でした。
南北50問ごとに5本、東西30問ごとに6本の道路で区画され、東西20戸ずつ、北端に8戸計208戸が整然と並び、典型的な密居制で1戸の敷地150坪のこの琴似屯田兵村兵屋跡(国史跡)には、琴似2条5丁目に復元兵屋があります。
柾葺切妻造の土壁で、下見板・武者窓形式、内部は3分され、屯田兵制度は、明治初期の北方の警備と、北海道の開拓を兼ねて設けられており、道内各地に37の中隊が配置され、その戸数7337戸、家族をあわせると3万9900人余の多数でした。
現地では兵村計画が立てられ、適格者は現地までの旅費・仕度金・3年間食糧塩菜料などが支給され、1戸当り約5町歩と同じ面積の共有地が支給されました。